敦  煌





『 夢見心地 』
 しっかり者の天使様は昨夜のうちに、今日の手配を済ませて昨夜のドライバーを案内役に抜擢したようだ。朝9時にホテルに迎えに来た。2,3箇所に立ち寄って昼食を調達。一路、砂漠へ突撃だ。敦煌から75キロゴビ砂漠の真っ只中の玉門関、ここは漢朝の時代と言うから2000年以上前に西の最果ての地として関所があった所。そして北京から連なる万里の長城の端。河倉城遺跡もローマ時代の城跡とは違って砂漠の中にある荒涼感が何処か痺れる。ゆっくりと見学した後、砂漠の中のアスファルト道路の脇に車を停めて、天使が調達した白いパンの中に壜詰めミンチ肉を挟み、スパイシーな香辛料を挟んで、水を飲みながら食べる。こんな場所に在っては何を食べても旨い。子供を労わるようにして天使が食べやすいように美味しくしてくれる。次なる目的地は国営の地質博物館。ここは日本のガイドブックには案内されていない所だが、私には一番良かったといえる場所だった。博物館の興味よりも、ここの車に乗り換えて案内して貰った場所が、もっとも砂漠らしく広大な風景を見せてくれた。風景と言うような代物ではない、何千年も前にタイムスリップしたような寂寥たる風景に私は酔いしれた。天使がここの風景がいいといっただけのことは十分すぎるほどあった。5,6人の訪問者も立ち去り。砂漠の真ん中に天使と私と駱駝とその従者。小一時間ほどの距離を天使は歩き、私は駱駝に乗った。途中、10分ほどは駱駝に相乗りをして広大な風景の中に私たちは溶けていった。この時空間の中、私は夢見心地でまるで砂漠の中を歩く王子様と王女様の気分で舞い上がっていた。地球の真ん中で心が高揚して我を忘れた。砂漠の砂の微塵の粒子に化したような気分で全てが一つになった。あるいは無に帰したような気分だった。この瞬間、私は全てのものと一つになっていたような気がする。天使の心がそれほど純粋で大らかで包み込むものを持っているのかも知れないと思った。私は永遠に溶けてしまってもいいとさえ感じた。
 夕方6時ごろに敦煌に帰ってきた。約10時間、タクシーのチャーター代が300元(4500円)。信じられないこの差こそがジャパンプライスのクレージィーさそのものなのかも知れない。この旅は天使がいるからできる旅であるとつくづく感じさせられた。           (2004年 5月 2日 [日曜日])
◆旅は人生そのものだ。旅の中で出愛った多くさんの美、
多美が、今の僕が書く書に現れているような気がしているのですが・・・。
  
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