北の零年

主演/吉永小百合・渡辺謙

「日本映画史上最高の感動大作、誕生!!」これがパンフレットに書き込まれた謳い文句。「う~ん」と唸って、最高は言い過ぎかもかもしれないが、吉永小百合自身の主演作品中111作目の中では「正真正銘」最高傑作と言えるかも知れない。かつて、サユリストだった筆者は中高時代の彼女の作品は全部見た。非難を受けるかもしれないが、一つの結論は演技派ではないという評価だった。久しぶりのスクリーンでの対面で、何か、青春時代を彷彿とさせる感慨の中で懐かしい思いで、昔の恋人に再会したような思いで、この作品の中に溶け込んだ。111作の中には世にいう汚れ役もあったが、その演技はいつもと同じで変り映えしないものがあった。今回の作品でわかったことが二つある。一つはセリフの言い回しに特徴があるのだ。言い換えればどの役柄を演じても同じ口調である。それが今や小百合節、小百合訛りへの域に昇華させた感がある。男優の三船敏郎・高倉健などはスクリーンに登場してきただけで、スターとしての存在と気で何を演じても風格があったが、女優の場合はそこの所が難しい。しかし、吉永小百合は今やスター、女優としての雰囲気を醸し出すまでに達した。
 北の零年、大袈裟にいうと歴史観が変った。「そうなんだ、このような民衆の知られざる歴史の脈々たる流れの中で、今日の日本があり、日本人の存在があるのだ」と考えさせられた。『抗う』という言葉がある。社会というものの中には、人が生きるという人生の中には、抵っても、抗ってもどうしようもないものの存在がある。その中でどのように生きていくか、行かなければならないのかということを鑑賞者に投げかけ考えさせる映画という点においても、この映画は成功している。監督行定勲(ゆきさだいさお)にも大いなる拍手喝采を贈りたい。
前作、「世界の中心で 愛をさけぶ」は大ヒットしたとはいえ、映画通から言えば、筆者の感想は「映画館の中で金返せ!と叫ぶ」作品だった。この前作との飛躍は凄いと叫ばざるを得ない。人間というのはひとつ一つの積み重ね、それが大ヒットというような業績を残すとここまで変身させるのかと思うと、人間の驚異を感じる。
 吉永小百合は相手役に渡部謙を指名したそうで、渡部謙も大女優吉永小百合に指名されたのであれば辞退できないと、「バットマン・ビギンズ」のハリウッド作品と掛け持ちで、太平洋を行き来したという。渡辺謙もラストサムライで大変身を遂げた。豊川悦司・柳葉敏郎・石田ゆり子、彼らの演技も評価に値する。石原さとみも将来が楽しみだ。憎まれ役の香川照之もあれだけ、憎まれれば充分だろう。
 小中学生に「学習効果」という言葉を投げかけると、予習復習の結果による文字通りの学習効果しか考えない。生きるという中においての人生での学習効果という認識がない。人は学習によって変化成長する。子供達の場合は、それは化けるといっても過言ではない。
まるで化け物のように、怪物のように変化成長する。それが教育効果であり、学習であり、体験であり、経験であり、思考である。塾は成長産業でなく、子供を成長させる「成長産業機関」であって欲しいものであると願うのだが・・・。

  
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