トゥー・ブラザーズ

 人類は文明の利器による急激な発達に伴い、文化を高めた。これは一方では素晴らしいことではあるが、人間は一方で「野生」を失った。動物としての本能的な優しさから生まれる母性愛・兄弟愛などを失って来ている。喪失の進化、これは退化というべきかも知れない。文明の利器と人間性の精神のバランス。これが顕著に狂いだして来ているように思えてならない。昔、人間と動物は共生する中で、動物としての本能的な、野生的な優しさを十分に保有していたはずである。今でも、人によって野生動物と「対話」できる人がいる。それはガイアシンフォニィー(地球交響曲)の映画の中でも、象と対話できる女性・イルカと対話できる人が紹介されていた。これを信じる、信じないという次元の問題もあるかも知れないが、本来は同じ動物として、それは可能なことであるといえる。犬・猫のペットと心を通わせる飼い主が沢山いることでもうなずける。これは決して特殊な能力ではなく、持ち合わせている能力だ。野生と獣性は根本的に違う。猛獣という呼び方は人間のエゴによる区別法である。ライオンやトラを猛獣と呼ぶ。ライオンはわが子を谷底に蹴落として自立・野生を見につけさせるが、親が子を殺したり、子が親を殺すということは決してない。これは「人間」だけが持つ獣性、獣(ケダモノ)としての野蛮性であるといえる。あるいは知の悪用乱用から来る業なのかも知れない。
飛行機(1903年)が空を飛んで約100年、急激な時代の流れの中で人間は獣化しているのかも知れない。愛欲憎悪のバランスが21世紀の人類の課題なのかも知れない。この映画製作に当たった、アニマルトレーナーの言葉に感動させられるものがある。「トレーニングの原則は、していい事といけない事という二つの要素で成り立っている」ネコ科の動物であるトラは賢く、教えられた行動をとる習性があるそうだ。このことを考えると、なんと人間の浅はかなことかと嘆きを覚える。
 この映画の主人公、二匹のトラの可愛さ、かっこ良さはたまらない。今年は野球界の方ではおとなしかったタイガースだが、この映画では愛情ある優しい強い虎が縦横無尽に活躍する。カンボジアのジャングルでロケされた虎と風景も美しい。ある評論家はこの映画は「地球の現在・過去・未来を語る」と言っている。<歴史の中のトラを、地球の一住人であるトラを通じて、人種、国籍、宗教、老若男女の枠を超えて、多くの人々が「人間の自然との共生」について新たなる英知の想像を喚起し、それを実践する創造への模索を展望させる作品なのである>。堅いことは言うまい、動物映画としての面白さが存分に発揮されている秀作だ。
 日本の教育の現在・過去・未来は誰が考えて誰がしてくれるのだろう?主人公の子供たち自身が、などということはありえない。政府も学校にも期待はできない?それだけ塾に期待されるものは大きいだろう。現場主義からいっても塾の役割・使命は大きいはずだ。合格させても、落としても塾の責任を問われるならば、トラに対峙する思いで現場の塾で
間違ったら命取りという思いで取り組んで欲しい。 

  
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