めぐりあう時間たち/シカゴ

『めぐりあう時間たち』  主演/ニコール・キッドマン、メリル・ストリーブ、ジュリアン・ムーア
『シカゴ』主演/リチャード・ギア、レニー・ゼルウイガー、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ
 その昔、邦画が全盛時代の頃、映画は2本立てで、週変りで上映されていた。東宝・東映・松竹・日活とたくさんの銀幕のスターがいた。今回の誌上ロードショーも豪華2本立てでおおくりします。映画館は暗室の想像と感性を磨く思考空間です。

原題「The Hours」。二コール・キッドマンが見事、第75回アカデミー主演女優賞を取った作品は映画通向きの映画。「凄い」の一語に尽きる。これほど台詞が研ぎ澄まされていた作品はかつてなかっただろうと言い切れる。同名の小説を映画化したものだが、これは映画が小説を凌いで映像の素晴らしさをうまく駆使した作品だ。流石に小説ではこのようにうまくは時間の流れ、めぐりあう時間たちの紡ぎ方はできなかっただろうと思われる。主演女優賞こそは二コールが受賞したが3女優の競演はこの映画を一級の作品にしている。中でもメリルの演技力のうまさは観る者を感動させる。しかし、二コールの「ムーラン・ルージュ」などの作品からの変身振りには評価できる。それにしても3本分見たような3人の演技力に感嘆させられる。表情の演技。眼の演技。仕草の演技。どれをとっても一級のものだった。製作者と出演者の一致による完成度に賞賛と拍手を贈りたい。スティーブン・ダルドリーは世界的大ヒットした「リトル・ダンサー」を手がけた監督で注目株No1の監督といえる。
ミュージカル映画、シカゴ。これもまた映画の醍醐味を存分に生かした、いわば映画のための映画。銀幕を100%でなく2倍にも3倍にも生かした作品。アカデミイー作品賞を受賞したのも十分にうなずける映画だ。あれだけの俳優を揃えて誰一人としてミスキャとがない。主演のリチャード・ギア、レニー・ゼルウイーガー、キャサリン・ゼタ=ジョーンズの3人だけでなく、脇役の凄さにも驚かされる。映画界が1つの産業としてアメリカの経済に寄与していることが伺える。だから、人が育ちユメが育ち映画界という世界が独立しているのだろう。日本ではTV界を中心とした芸能界が映画を衰退させ人材の育成を阻んできた。日米ともビデオレンタルがこれほど普及して来ていても、アメリカでは映画界が輝いている。娯楽に対する国民性の違いといってしまうとそれまでだが、そこに展望という視点の大きな差異があるのだろう。塾業界も学校と塾の関わりにおいて「自主独立」の転機と将来的展望の『機』を迎えたのではないだろうか。映画会社・製作者側の徹底した商業主義が繁栄を生んでいると思われる。教育界と商業主義は決して相反するものではない。中途半端は通用しないが「徹底的」にやれば道は開ける。超新人類の塾生の半数は勉強にエンターテイメントを求めている?我々、プロデユーサーとアクターは1つの授業にもっと娯楽性という品質にこだわったものを提供する必要性があるのではないだろうか。映画の中にも教育性はある。娯楽的な授業の中に教育を求めようというと叱責を買うだろうか?筆者は授業も映画も全てが教育だと思うのだが・・・。