天使との出愛





天使との出愛の旅/
 天に極楽、地に蘇抗アリ。とマルコポーロをして感嘆せしめた杭州・蘇州を訪ねた。杭州から蘇州までバスで行けば3、4時間の距離だが、私はどうしても船に乗りたくて運河での船の旅を選んだ。夕方5時半に出航して翌朝7時に蘇州に着く。何百年前に作られた運河なのだろうか、その距離たるや万里の長城とまでは行かなくても、驚くばかりだ。船旅といってもボートといった方がピンと来るようなもの。客室が8室と船底である。20分ほど前に船に乗り込んだ私は、離岸するまでの時間を客室に横たわって休んでいた。ほとんどの人が乗船している様子だが、私の1号室の客室には誰も来る様子がなく、これは外人(私の事)だから2人部屋を1人で占有できそうだ、ラッキーと思って寛いでいた。すると間もなくドアーが開くと同時に「アッ」という嬌声が耳に響いた。そこには22,3歳の可愛い小さな女性が立っていた。私は一瞬、あっけにとられて呆然とした。どうやら同室らしい。日本では考えられないことだ。JRの寝台車のような個室に見知らぬ男女が同室になるとは・・・。私は困惑して、寝る頃には気を利かして船底にでも移るか、と考えていた。そろそろ船が離岸するらしく、大勢の客が甲板に出だした。私も旅愁を愉しむべく甲板に出た。同室の彼女には見送りの客があるらしく、恥じらいもなく無邪気に大きな声を上げて話していた。甲板から身を乗り出して手を振る姿は、まるで純粋無垢な幼児のような仕草だった。私はふっとどこかで見たような情景を一瞬、思い浮かべたがその思いは過ぎに消えた。建物の中をしばらく航行すると船は川らしい風景の中を進んでいった。私は頭のどこかで気詰まりな沈黙を連想していた。少女は「Can you speak English.」と優しい眼差しで話しかけて来てくれた。私は小さな花のような蕾の口から発せられた英語に戸惑いを覚えて、口が利けなかった。「a little」と受け答えするのがやっとだった。私の顔は一見すると怖いらしい。初対面の印象は決して良くない。少女はためらいもなく、ごく自然に話しかけてきた。その表情に私の心は一瞬にして、開いた。それから9時半の寝る時間まで、二人は時を忘れて喋った。カタコトの英語と微妙なニュアンスは漢字を書いた。少女が持っていた桃を分かち合って食べた。2段ベッドの下方に二人腰をかけて話しに花を咲かせた。その花びらが増える毎に、二人の心が溶けて行くような気がした。少女の無邪気さに私の心が洗われていった。肩を並べて互いにガイドブックを見せ合って、手が触れ合った。もうその時には私も少年の心で少女と和んでいた。蘇州の名刹、寒山寺から名付けられたであろう、寒山という1号客室は、銀河鉄道が宇宙を走って行くようなメルヘンな気に包まれて時が流れた。心地よい船の振動が母の懐の揺りかごのように思われて二人は安らかな深い深い眠りの里にとけっていった。